ドイツ医療保険見聞録

               1日独医療保険制度の相違

           岡 本 悦 司(近畿大学医学部講師)

 昨年12月7日から2週間にわたって、国民健康保険中央会のドイツ医療保険制度調査団に随行させていただき、多くの貴重な知識と体験を得ることができた。

 東西統合後のドイツは、介護保険施行そして医療保険制度改革と、わが国が直面しつつある諸問題について一歩先行しており、その意味で、現代のドイツの実情は、近い将来のわが国の改革を占う上で示唆に富む。

 調査成果は、8か所にわたる訪問先での延べ24時間にも及ぶインタビュー記録や、厚さ10センチ近い収集資料の分析の後、報告書として公表する予定だが、その概略を筆者の個人的な見解もまじえつつ、連載形式で紹介してゆきたい。

 連載の初めにあたって、貴重な機会を与えていただいた国民健康保険団体の関係各位に深く感謝するとともに、この連載記事の中で述べられる主観的な感想や意見は、あくまでも筆者の個人的なものであることをおことわりしておく。

日独医療保険制度の相違

 わが国の医療保険制度はドイツの制度にならって発展してきたという沿革的な理由から類似点が多く、それだけに訪問先での論議も、わが国と全く異なったシステムをとるアメリカやイギリスの調査と比べて、はるかによくかみ合ったものとなった。

 逆に、それだけに、両国制度の、微妙であるが決定的な相違点を理解しないと大変な誤解を招くことにもなる。そこでまず、両国制度の相違点を明確にすることから始めよう。 ドイツの制度がわが国のそれと異なる点は、以下の5点に集約される。

1皆保険制ではない

 ドイツのわが国の感覚でいう「皆(公的)保険」制ではない。なぜなら自営業者と一定以上の年収(西独地域で年7万3800マルク、邦貨換算で約540 万円)を越えるサラリーマンは任意加入であり、民間医療保険に加入することを条件に公的保険への強制加入から外されているからである。人口の約10%は民間医療保険に加入しており、一度民間医療保険に加入すれば、その後所得が減少しても公的保険に加入する義務はなくなる。

 とくに、自営業者が任意加入である点は、保険料滞納というわが国の国保関係者の頭痛のタネを考えれば決定的な相違であろう。ドイツには「無保険者」が人口の約0.1 %程度であるが存在する。もっともそれらの者は貧困者ではなく、保険の必要もないほどの富裕者も含まれているとのこと。その理由は、わが国では生活保護対象者は自動的に国保から外れるのに対して、ドイツでは生活保護対象者も保険適用され、保険料相当額が福祉事務所から直接疾病金庫に支払らわれるからである。

2自治体直営ではない

 公的保険の保険者は全て「疾病金庫(Krankenkasse)」と訳される、わが国でいえば保険組合のような公法人であり、国や市町村直営ではない。わが国国保も戦前は市町村直営ではなく、同種同業者で組織される特別組合と、市町村単位に設立される普通組合が主体であった。それが戦後、GHQの命令もあり、市町村直営にされた。ドイツの疾病金庫は、逆に、発足直後の頃は、一部自治体直営のものもあったとのことだったが、現在ではそのようなものは存在しない。

 自治体直営ではないがゆえに、地方政治や選挙の影響を受けることが少なく、純粋に保険事業に専念できる、というメリットがあるようだ。その反面、経営に失敗すれば、倒産や合併も起こりうる。「日本のような国営や市町村直営化を求める声はないのか」との問いに、関係者は一様に「与野党を問わず、そのような主張は未だかつて無い」とのことだった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━              日独両国の保険者の対比

  地区疾病金庫(AOK)・・・・市町村国保および政管健保

  企業疾病金庫(BKK)・・・・健康保険組合

 同業者疾病金庫(IKK)・・・・国民健康保険組合

職員代替疾病金庫(AEK)・・・・国民健康保険又は各種共済組合に相当(?)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 3国庫補助が無い

 保険はその名の通り保険料で運営すべき、という原則にドイツはいたって忠実であり、国や自治体の公費からの補助は、農業者向け金庫等の一部の例外を除いて無い。報酬(わが国の標準報酬と同じく上限あり)の平均13%、という日本のサラリーマンが聞いたらビックリしそうな料率も、補助金無しに保険料のみで全額まかなう、と考えれば合点がゆく。

 この点は「リスク構造調整」という今回の調査の最大の眼目を理解する上できわめて重要だ。わが国のような「調整交付(補助)金」という国庫補助による財政調整は不可能だからだ。またリスク構造調整はあくまでも保険者間の財政調整を目的としており、給付費の一定割合を補助する「療養給付費負担(補助)金」的発想は無い。

 リスク構造調整をわが国国保にあてはめれば、療養給付費負担(補助)金を全廃し、オール調整交付(補助)金のみにした状態を想像すればよい。わが国でも、今後国庫補助による調整が限界になってくれば「保険料による調整」としてリスク構造調整が必要になるかもしれない。

4保険者を選択できる

 わが国でも、国保組合を持つ自営業者は市町村国保との間で自由に保険者を選択できるが、それは例外的で、原則として保険者選択の自由は認められていない。しかしドイツではホワイトカラーのサラリーマンについては異なった疾病金庫間の選択権が認められていた。リスク構造調整を導入した93年改革の主な目的は、保険者間の競争を促進するとともに保険者選択の自由をブルーカラー労働者も含め全国民に拡大することにあった。

 選択の自由が、ホワイトカラーとの不平等という憲法論争にまで発展し、そこから副次的にリスク構造調整が出てきた、ともいえる点は意外であった。わが国の医療保険改革案では保険者機能の強化は提案されているが、保険者選択の自由は考慮の外なのではないだろうか? 社会保障の教科書には、社会保険と民間保険の違いとして「強制加入、選択の自由無し」が社会保険の特徴としてあげられている。そうした「保守的」な見地からして、ドイツの疾病金庫はもはや純然たる社会保険とはいえないのではないか、とさえ感じた。

 訪問したある金庫の幹部は、別れ際に「将来ドイツに住まれるときは当金庫へどうぞ」とビジネスマンよろしく加入PRを忘れなかった。

5出来高払いではない

 ドイツの開業医への診療報酬は「団体総額請負」制をとっている。各金庫と保険医協会とが毎年請負契約を結び、受診率のいかんとわず、総額を支払う、というものだ。保険医協会は、その額を出来高に応じて各医師に按分する。その意味で、ドイツは国全体がアメリカのHMOのようなものといえなくもない。

 だからドイツ疾病金庫にレセプト点検の業務は無い。請求書の審査はむろん行なわれるが、それは保険医協会内部の業務であって、保険者はどの医師がどれくらいの投薬をしたり検査をオーダーしたかは分からないわけである。

 リスク構造調整の基本データとして、性年齢別の医療給付費を把握する必要があるが、それをどうやって行うか、も今回調査の重要目的のひとつであった。連邦保険庁はそのため大規模な抽出調査を行わなければならなかった。レセプトの山をかかえて四苦八苦するわが国の保険者からみれば「なぜそんなことが必要なの? レセプトを調べれば分かるのに」と思うところだが、ドイツの疾病金庫はレセプトそのものを保有していないのである。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━         国民健康保険中央会ドイツ医療保険制度調査団

                  メンバー

 舩橋光俊(国民健康保険中央会常務理事)

 田中一哉(国民健康保険中央会施設部長)

 岡本悦司(近畿大学医学部講師、制度問題検討委員会第2小委員会委員)

 

                  調査事項

1リスク構造調整について ア 仕組みの思想と概要

             イ 仕組みの効果/影響と評価

             ウ 今後の課題

2地域保険における現状  ア 保険者機能(保険者の自主管理の思想と実態)

             イ 保険者の合併の動向

             ウ 被保険者サービス(保険者間の競争制度下での)

3介護保険制度      制度運営の実態

 

                  訪問先

1連邦政府保健省(ボン)

2地区疾病金庫(AOK)全国連合会

3職員代替疾病金庫(EKK)全国連合会

4社会民主党(SPD)

5企業内疾病金庫(BKK)全国連合会

6連邦政府保険庁(ベルリン)

7チューリンゲン州地区疾病金庫

8バーデン・ヴュルテンブルグ州地区疾病金庫

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               ドイツ医療保険見聞録

                2保険料賦課と徴収

 ドイツ医療保険(疾病金庫)の保険料はどのように賦課され、徴収されているのか? とくに源泉徴収のできない自営業者や無職者からはどうやって確実に徴収するのか? 滞納者にはどう対処しているか?

 日夜個別徴収に奔走する市町村国保関係者にとって、その点は気になるところであろう。筆者自身、訪問前から最も関心があったのは、制度改革もさることながら、こうした実務的な側面であった。

保険料率

 ドイツ医療保険の保険料算定法は、わが国の被用者保険と同じく、所得の一定%と、いたってシンプルである。したがってわが国の市町村国保のような家族数に応じた定額保険料は無い。そしてわが国被用者保険の標準報酬と同じく上限と下限があり、それぞれに料率を乗じた額が、実質的に保険料の上限と下限となる。

 〔表1〕は日独の各種社会保険の保険料を比較したものである。一見して気づくのは、全金庫平均が13.3%というドイツの料率の高さと、もうひとつは保険料に上下限の差がきわめて小さい、ということである。

 社会保険であることから所得比例、とはされるものの、保険料は最高でも年間9,815 マルク(687,078円) 、最低でも5,107 マルク(357,504 円)と、その差は倍もない。ちなみに政管健保の保険料の上下限の格差はゆうに十倍を越える。要するにドイツの医療保険は所得比例とはいうものの、限りなく定額保険料に近い。

保険料負担の重さ

 13.3%という料率の負担の重さは、単純にわが国の被用者保険の料率と比較するだけでは実感できない。なぜならわが国の被用者保険の標準報酬はボーナスを含んでおらず、企業間格差は大きいものの、ボーナスは被用者の収入の相当部分を占めるからである。すなわち政管健保の料率が8.5 %、といっても年収に対する実質的な負担率はもっと小さくてすむからだ。

 ドイツで保険料の対象となる所得は、ボーナスか否かを区別しない総所得である。「そもそもドイツにはボーナスの習慣が無い。出てもせいぜいクリスマス時に1か月分程度で、それもボーナスという呼称ではなく、労働契約に含まれる労働に対する対価だ」と訪問した野党社会民主党の政策担当者ヴェラー氏は語ってくれた。

 したがって保険料負担の重さをわが国の被用者保険と比較するには、分母をボーナス込みの総所得に換算しなおさなければならない。もしボーナスを4か月分とし、ボーナスに対する特別保険料を1%とすると、わが国の政管健保の料率は6.6 %にすぎない。つまりドイツ人の保険料負担率はわが国サラリーマンの倍、ということになる。

限度額をめぐる論争

 限度額を越える高所得者は民間医療保険に加入することを条件に公的保険からの脱退が認められている。面白いことに、一度でも限度額を越えて民間医療保険に加入するとその後所得が下がっても再び公的保険に加入する義務は無くなる。また、保険事務上、上下限に制約された所得を「基礎賃金(グルンドローン)」と呼び、わが国の標準報酬に相当する。次回に述べる「リスク構造調整」で対象となる所得とはこの基礎賃金であり、たとえ月給1万マルクの加入者であっても、計算上は一律に6,150 マルクとみなされる。

 医療保険の基礎賃金の上限は年金のそれの75%に設定されており、この点、年金の標準報酬の上限が健康保険より低いわが国と逆になっている。ヴェラー氏は「年金保険料の75%に設定された現在の医療保険の限度額は低すぎる、としてずっと以前より引き上げを主張してきた。保険料収入の確保が困難になりつつある今日、『連帯』の原理に基づき高所得者により多くの負担を求めるべきだ。限度額は少なくとも年金と同額にまで引き上げるべきだ」と語り、もし限度額を年金並に引き上げれば、それだけで保険料率は0.67%下がる、という試算結果を見せた。

 しかしながら、限度額をどの程度に設定するか、は単なる財源論にとどまらず保険の理念もからむ政治問題でもあるようだ。医療保険を管轄する連邦政府保健省のシュナイダー氏によると、連立与党は「年金と医療保険は役割が違う。年金保険は現金給付なので『等価性』原則、すなわち倍の保険料を払ったら倍の年金を受ける、という考えにたつのに対して、医療保険は皆平等に医療給付を受ける『連帯』原則にたつから保険料にもあまり大きな差を設けるべきではない」という考えなのだそうだ。

 等価性原則と連帯原則───なにやら禅問答めくが、わが国でも国全体の制度の根幹にかかわる政策論議においては、こうした理念をめぐる論争がもっとあってよさそうだ。

自営業者の所得補足

 自営業者の所得をいかに補足し、保険料を賦課するかは地域保険の宿命的課題であろう。AOK(地区疾病金庫)連合会の担当者パネン氏に質問をぶつけた。

 「93年までは、自営業者に対しては質問票に所得を記入させそれをそのまま認めていたので、過少申告横行だった。そこで前年の税確定申告書を出させるようにした。それでも補足に問題があったので、現在では『最低算定限度額』つまりこれ以下の申告所得は認めない、という制度が導入された。それは現在では月3200マルク。また申告書を提出しない場合には自動的に月6,150 マルクの最高限度額が適用される」との答えがかえってきた。 この答えを聞いたとき、保険料の上下限の格差が小さく、限りなく定額制に近くなっているもうひとつの理由が理解できた。無申告では自動的に限度額が適用される、というのでは、いきおい限度額は無申告の自営業者でもさほど文句をいわない程度にしか設定できない。理念論だけではなく、こうした実際的な制約もあるようだ。事実、自営業者の大半は民間医療保険に加入している、という。

 そう語った後でパネン氏は興味深いエピソードに言及した。「ニセ自営業者による保険料逃れ」だ。「たとえば運送会社は本来なら雇っている運転手を強制加入させ保険料を徴収しなければならないが、それを『労働者をリースする』というかたちにし、運転手を自営業者扱いにすると保険料納付義務を免れる。しかし運転手は低所得で、金庫に任意加入しなかったり加入しても保険料を納めない」ことが問題化しているという。

 日本でも人材派遣業界が同じ問題に直面している。洋の東西を問わない現象に思わず苦笑させられた。

低所得者対策

 保険料に下限がある以上、低所得者も当然それだけの保険料は納めなければならない。ただ、市町村国保のような全国一律の軽減措置は無いものの、交渉次第ではそれより安い保険料で加入が認められることもあるという。

 貧困者はどうするか? わが国では生活保護が適用されると自動的に国保から外れるがが・・・。AOKバーデンヴュルテンブルグの担当者によると「生活保護(ゾチアルヒルフェ、社会扶助)対象者も医療保険強制加入であるが、保険料については『保険料扶助』ともいうべきものが適用され、それは受給者を介さずに社会福祉局から直に疾病金庫に支払われる」ことになっている。

 つまり、生活保護受給者も一般被保険者と同じ保険証で受診でき、また一般被保険者と同様に疾病金庫を自由に選択することもできる。受給者にスティグマを与えない、という点では、日本のシステムよりベターではないか、という印象を受けた。ただ残念なことに一部負担金をどう扱っているか、については聞きそこねた。

滞納者問題

 自営業者は任意加入であることから、ドイツには、わが国市町村が頭をかかえる保険料滞納者問題は「オフィシャルには、無い(AOK連合会パネン氏)」。しかしいったん保険料を納めて保険証を交付されると、有効期間内は使い放題であるためそれなりの悩みはあるようだ。「やはりいったん被保険者カードを発行すると滞納者に対するコントロールは難しい。金庫を移籍した場合は古いカードは必ず返納しなければならないが、それ以外はせいぜい金庫は『カードを返納せよ』と警告状を発するのがせきのやまだ。それでも滞納者はカード紛失届を出して逃げる。フランクフルトではカードが売買される事件も発覚している」とパネン氏は問題の難しさを嘆いた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━            〔表1〕日独保険料比較(97年)

               日本           ドイツ

医療保険

 最高報酬月額       980,000円 (ボーナス別)   6,150マルク(430,500円)

 最低報酬月額       92,000円 (ボーナス別)   3,200マルク(224,000円)

保険料率    8.5 %(政管健保)    13.3% (全金庫平均)

ボーナス込み料率      6.6 % (政管健保)      ─

             6.55% (市町村国保、93年度)

年間保険料限度額    1,038,800円 (政管健保)     9,815マルク(687,078円)

520,000円 (市町村国保)

年間保険料下限額     93,840円 (政管健保)     5,107マルク(357,504円)

年金保険

 最高報酬月額       590,000円 (ボーナス別)   8,200マルク(574,000円)

保険料率          17.35%          20.3%

ボーナス込み料率      13.26%           ─

 年間保険料限度額    1,252,000円         19,975マルク(1,398,264円) 雇用保険

 最高報酬月額         無制限         8,200マルク

 保険料率            1.15%         6.5%

 

出典)vdak"Ausgewahlte Basisdaten des Gesundheitswesens 1997",p47

 日本の政管健保のボーナス込み料率及び保険料限度額は、ボーナスを報酬月額4月分とし、特別保険料率を1%として試算。

 市町村国保の料率は国民健康保険実態調査報告より

 保険料は事業主負担を含む。邦貨換算は1マルク=70円

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               ドイツ医療保険見聞録

                 3リスク構造調整

 連載の第3回目として、リスク構造調整(Risikosturucturausgleich, RSA) と呼ばれる保険者間の財政調整をとりあげる。

 第1回でも述べたように、ドイツ医療保険は、政府や市町村の直営ではなく、財源は100 %保険料でまかなっており、公費からの補助金は無い。したがってわが国の調整交付(補助)金のような国庫補助による財政調整はできない。

 ドイツでも当然ながら、保険者間の所得や医療費水準には大きな格差がある。そのような格差を放置したままで、保険者選択の自由や競争原理だけを導入すると、条件の良い保険者はますます有利になり、悪いところはますます悪くなる、という悪循環に陥ってしまう。これでは公的医療保険の目的である「連帯」原理が喪失される。

 そこで「所得や年齢構造といった基本的な条件については皆同じスタートラインにそろえましょう。スタートした後は思う存分競争して下さい」ということになった。スタートラインをそろえるため、疾病金庫間で拠出金を徴収したり、交付金を交付する。それがリスク構造調整である。

【リスク構造調整の仕組みと効果】リスク構造調整、と名称はいかめしいが、原理はいたって単純。以下の図をご覧いただければすぐに理解できよう。

┌──A───┐┌──B───┐

│被保険者全体││被保険者の年│ A>Bの疾病金庫 超過分を拠出金として払う

│の所得に見合││齢構造に見合│ A=Bの疾病金庫 そのまま

│った保険料 ││った医療費 │ A<Bの疾病金庫 不足分を交付金として貰う

└──────┘└──────┘  

 AもBも、所得や年齢構造に「見合った」仮定の保険料や医療費であって「実際」の保険料や医療費ではない、点に留意していただきたい。特にBについては、同じ年齢構造であっても被保険者者全体の健康状態の悪い疾病金庫の医療費は当然ながら「見合った」額よりも高くなるので、リスク構造調整されても保険料負担はやはり重くなる。年齢構造という基本的な条件はそろえるが、実際に支出した医療費そのものまでは面倒はみない。その点、わが国の療養給付費負担金や老人保健制度とは発想を異にしている。「位置について、ヨーイ」までは国の責任だが「ドン!」の後は各疾病金庫の責任、という考えだ。

 わが国老人保健制度の医療費拠出金も「どの保険者も同じ老人割合と仮定して計算する」が、保険者の所得水準は考慮されない。所得水準の高い保険者も低い保険者も、同じ老人加入割合と医療費水準であれば同額の拠出金を負担する。そして所得水準の格差は、別に調整交付金という国庫補助を介して行なわれる。ドイツのリスク構造調整は、年齢構造と所得水準という二つのリスク要因をひとまとめに調整している。

┌────┬────────┬────────┐

│リスク要因│   日本   │  ドイツ   │

├────┼────────┼────────┤

│所得水準│ 調整交付金  │        │

├────┼────────┤リスク構造調整 │

│年齢構造│老人医療費拠出金│        │

└────┴────────┴────────┘

 リスク構造調整導入は95年より全面実施されたが、その実態は〔図1〕に示すように、職員代替疾病金庫から地区疾病金庫へのほとんど一方通行に近いものであった。その効果は保険料率格差の縮小として現れ、93年には保険料率の最高最低には2.3 %の格差があったのが、96年には1.46%にまで縮小した。

【リスク構造調整の限界】原理そのものは単純でも、技術的な詳細にまで及べば「完全に理解している者は全ドイツでせいぜい5〜6人(連邦保険庁コルフ課長)」というほど複雑である。そこで詳細は近く公表する報告書にゆずり、ここでは若干の補足にとどめる。 まずAの「被保険者全体の所得」とは保険料算定の対象となる基礎賃金(グルンドローン)を指し、実所得の合計ではない。たとえば月給一万マルクの加入者も計算上は六一五〇マルクと扱われる。その上限はわが国との比較でもきわめて低く、高所得者の集中する疾病金庫では、リスク構造調整によってもなお実所得に対する保険料負担は軽くすむ。「連帯」原理を重視する社会民主党が限度額引上げを主張する根拠でもある。

 しかし社会民主党の政策担当者ヴェラー氏は同時に「金庫職員は加入者の所得把握にあまり熱心ではない。低所得のままにしておいても結局調整されるからで、リスク構造調整のマイナス面だ」とも指摘した。

 Bの「年齢構造に見合った医療費」とは、市町村国保の「地域差指数」の計算で使われる「基準給付費」と同じようなものと考えてよい。ところが年齢のきざみが、わが国は5歳きざみなのが、ドイツは1歳きざみかつ男女別、と実に細かい。さらに就労稼得不能年金受給者(障害者)は当然ながら一人当たり医療費も健常者よりかさむため、別の数値が適用される。医療費は、医師費用、歯科医師費用、病院費、薬剤費そして医療材料費に区分され、さらに、東西で数値表も異なる・・・。

 抽出調査でデータを得ているのに、こんな細かい処理をすることは方法論的には無意味といわざるをえない。標本数の小ささのためとんでもない数字のバラつきさえあった。「複雑でいかにもドイツ人的な精緻さ(コルフ課長)」ということなのだが・・・。

【年齢別医療費データの収集】年齢別医療費データはリスク構造調整に不可欠の基礎データだが、それを得るためにドイツがいかに苦労しているか一言触れる。第1回にも述べたように、保険医協会との総額請負制、平たくいえば「丸投げ」、をとるドイツでは、レセプトは保険医協会内で審査・処理され、疾病金庫には送られない。そこが日本と決定的に違う点であり、レセプトの抽出調査を簡単には実施できないのである。

 そこで、医師や薬局の協力を得て、調査対象とされた被保険者の保険証に印をつけ、調査対象患者の請求書は別に区分けして報告してもらう、というシステムが作られた。どの患者が調査対象か医者には分かる、という方法論にやや疑問の残る調査だが、同一患者の医療費を長期に追跡し、生涯医療費を調査できる点では優れている。

【健康状態も調整すべきか?】すでに述べたように、リスク構造調整では年齢構造は調整されるが、健康状態(mobiditat)は考慮されない。年齢構造が同じでも、被保険者全体の健康状態の悪い疾病金庫はやはり負担が重くなる。このままで、保険者選択の自由を許すと、民間の生命保険会社のように健康状態の良い者だけを加入させる選択がおこりかねない。むろん法的には、疾病金庫は加入申込を拒否できない。しかし、たとえば「企業内疾病金庫はオープンにするかクローズドにするか任意であり、また裕福な被保険者ほど移籍したがる傾向がある。そこでオープンにし、良リスクの被保険者が集まった後でクローズドにする、といった方法でリスク選択も可能(AOK連合会パネン氏)」なのだそうだ。 それを防止するには、健康状態もリスク構造調整の対象に加えればよい。そのためには被保険者集団の傷病構造を正確に把握することが必要になるが、それは所得の把握よりもさらに難しい。病気がちの人を多くかかえるAOKは「たとえばアルツハイマー病患者の数なども調整対象に加えよ」と傷病構造の把握法を提言した報告書まで出した。しかし、「エイズや血友病といった特殊な疾病についてはすでに特別な財政調整がある。性・年齢で健康状態は十分反映されるはず(代替疾病金庫連合会ワルツィック氏)」と、リスク構造調整の拡大に対しては、とくに拠出金負担の重い代替疾病金庫は猛反対。かくしてAOKの報告書は公表できなくなってしまった。

 「報告書はあなた方にはこっそり見せてあげるから、海の向こうから健康状態も調整に加えるよう主張してくれるとありがたいのだが・・・」というパネン氏に、レセプトによる傷病分析と取り組んでいる私は大いに興味をそそられた。でも「連帯」を重視する社会民主党でさえも健康状態まで調整することには反対している。もし健康状態まで調整してしまうと、保険者の疾病予防へのインセンティブをそいでしまうからだ。同じことは介護保険と要介護度についてもあてはまる。もし要介護度まで調整してしまうと、寝たきり老人を起こす努力はおざなりにされてしまうだろう。だから日独の介護保険はともに要介護度を財政調整しない。

 たしかに、スタートラインはそろえなければならないが、ゴールまでそろえたら競争ではなくなってしまう。病気も要介護状態も、スタートではなくてゴールだ、という発想に私も大きくうなずいた。

                  4保険者合併

 連載4回目として保険者合併をとりあげる。93年の医療構造改革法(GSG)によってドイツは保険者の大リストラを断行した。保険者選択の自由を導入する前提として、リスク構造調整によって財政上のスタートラインをそろえると共に、保険者合併によって規模を拡大し競争力を確保することも必要だったからだ。

 わが国でも97年8月に厚生省案の中で、医療保険を都道府県単位で地域保険に統合する一本化案も示されるなど、抜本改革へむけて大きなうねりが起ころうとしている。それだけにドイツの先例は示唆にとむ。

【ドイツ疾病金庫の歴史と現況】現在のドイツの疾病金庫の種類とその数を〔表1〕に、加入者数のシェアを〔グラフ1〕に示す。人口規模ではドイツはわが国の3分の2だが、医療保険の適用人口でみると、ドイツでは民間医療保険に加入している1割、わが国では政府管掌健康保険に加入している3割を引くとほぼ似通ったサイズになる。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━          〔表1〕日独保険者の対比(保険者数)

          ドイツ                   日本     

              旧西   旧東

地区疾病金庫(AOK)   12    6        市町村     3249

企業疾病金庫(BKK)   414    25        健康保険組合  1819

同業者疾病金庫(IKK)  28   15        国民健康保険組合166

職員代替疾病金庫(VdAK) 7    6        各種共済組合  82

労働者代替疾病金庫(AEV)7    4

 合計             526             5316

 適用人口         7340万人(民間保険除く)    8740万人(政管除く)出典:VdAK:"Ausgewahlte Basisdaten des Gusundheitswesens",p20

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 一見してあきらかなように、人口規模はそんなに差がないのに、保険者数は日本が十倍以上もある。裏返せば、平均的な保険者規模はわが国はドイツの十分の一にすぎない。

【企業疾病金庫】ドイツも1911年のライヒ保険法制定当時なんと22000 もの疾病金庫が乱立していた(職員団体疾病金庫連合会ワルツィック氏)。それが年々統合がすすみ現在のようになった。その例として、企業疾病金庫(BKK)とそれに相当するわが国の健康保険組合の数の推移を〔グラフ2〕に示す。1970年当時、旧西ドイツには1119の企業疾病金庫があった。当時のわが国の健保組合数は1461。しかし旧西ドイツの人口はわが国の半分にすぎないことを考えれば、当時のドイツの企業疾病金庫の平均的な規模はわが国よりもっと小さかった。

 しかし、その後、わが国の健保組合は少しずつ増えていったが、ドイツの企業疾病金庫は統合がすすみ、97年6月現在では414 (旧東を合わせると439 )にまで減っている。とくにここ数年の統合は劇的で、95年には633 あった企業疾病金庫がわずか2年半あまりで3分の2に減ってしまったのだ。

 劇的・・・と書いたが、当の企業疾病金庫連合会は「まだ不十分」という認識だ。「企業疾病金庫は合併という点では地区疾病金庫に立ち遅れている。『小規模であるがゆえに被保険者と密接なコンタクトがとれる』と合併に消極的なところもあるが、金庫の経営効率化の視点からも今後必然的に集中化がすすむ」とフォス企業疾病金庫連合会副理事長は語った。

 保険は「大数の法則」で成り立つものだから、経営の視点だけからみれば規模は大きければ大きいほどよい。でもサービスの提供を目的とする医療保険の場合、単純に「大きいことはいいことだ」とばかりいえないのも事実だ。じゃあ、いったい「適正規模」とはどれくらいなのか?

 フォス氏は「個人的には少なくとも金庫が存続可能な最低規模は被保険者本人で2〜3万人と思う」と言い、逆に最大許容規模は「少なくとも加入者との密接なコンタクトが失われ匿名性がばっこするようになったり、経営者が全体像を見渡せなくなった規模は明らかに肥大化しすぎ」とする。フォス氏は加入者の不満の指標として「加入者が金庫を相手どって起こす訴訟の頻度」をあげ、そうしたことは企業疾病金庫ではほとんど無いのに地区疾病金庫ではわりに多い、と述べた。合併で肥大化した地区疾病金庫では、密接なコンタクトの喪失から加入者の不満が鬱積しているのかもしれない。

 結局「適正規模」がどれくらいか、について具体的な数字は得られなかった。でも「少なくとも500人規模の金庫が生き残れる可能性は無い」とフォス氏が断言したとき、我々は内心ヒヤリとするものを感じた。

【地区疾病金庫】企業疾病金庫の統合を「劇的」とすれば、地区疾病金庫のそれはタイタニック的である〔グラフ3〕。わずか2年余りで223 の地区疾病金庫はたった12(旧西ドイツのみ)になってしまった。

 フォス氏は「企業疾病金庫は立ち遅れている」と述べたが、実は地区疾病金庫の方こそほんの数年前まで自発的な合併は全くなかった。しかし保険者選択制が導入されれば、地域を区切られた地区疾病金庫は、乱立したままだときわめて苦しい立場に追い込まれる。限られた区域の中で「共食い」になってしまうからだ。

 地区疾病金庫連合会のパネン氏は苦い経験を語った。「ミュンヘンに新空港が建設されたがその敷地に2つの地区疾病金庫があり、新空港の職員の加入をめぐって争奪戦をくりひろげた。空港会社としては地区疾病金庫同士の競争に巻き込まれたくなかったので、独自に企業疾病金庫を設立して職員を加入させた」 結局、ライバルに漁夫の利を得させてしまったわけだ。

 これではいけない、という認識は次第にめばえていったものの、事務局長、理事会そして職員の反対のため自発的に合併した地区疾病金庫は皆無だった。そこで93年の医療構造改革法(GSG)により、州政府や州連合会に合併のイニシアティブをとる権限が付与された。それによって改正された法の条文は以下の通り(なお疾病金庫合併は、同一種別金庫間のみが想定されている)。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━             社会法典第5編(医療保険)

144 条〔自発的合併〕

1)地区疾病金庫は、管理委員会の決議により合併することができる。その決議は合併前に監督官庁の認可を必要とする。

2)合併しようとする疾病金庫は、監督官庁への合併認可申請と一緒に、規約、役員候補者ならびに第三者との法的関係に関する合意も添付しなければならない。

3)監督官庁は、規約と合意を認可し、役員を任命し、合併期日を定める。

4)定められた合併期日をもって、従前の疾病金庫は消滅し、その権利義務は新金庫が承継する。

145 条〔申請による州内金庫の合併〕

1)州政府は、以下の2条件のいずれかに該当する場合、一つの地区疾病金庫又はその州連合会の申請があれば、対象となる地区疾病金庫又は州連合会の意見を聞いた上で、法規命令により、州内の全部又は一部の地区疾病金庫を合併させることができる。

 1、合併すれば当該金庫の支払能力が向上する場合、または

 2、一地区疾病金庫の所要率が、全国あるいは州内の全地区疾病金庫の平均所要率を

   5%以上オーバーしている場合(第313 条第10項a号を準用する)。      2)州政府は、以下の2条件が共に満たされる場合、その州連合会の申請があれば、対象となる地区疾病金庫の意見を聞いた上で、法規命令により、州内の全部又は一部の地区疾病金庫を合併させる

 1、1)の1の要件が満たされている場合、かつ

 2、1)の申請後12か月たっても自発的合併が実現していない場合

3)所要率(Bedarfssatz) とは、事業年度における被保険者の保険料賦課対象総収入に対する給付支出のパーセントを指す。この給付支出は、第三者に求償すべき給付、付加給付、モデル事業給付、過誤給付及び第266 条にもとづくリスク構造調整の交付金を差し引いたものである。支出には第266 条に基づくリスク構造調整の拠出金も算入される。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ とはいえ、組織の改廃は、とくにそこで働くサラリーマンにとっては人生を左右する一大事である。その点、市町村直営のわが国とは決定的に違う。わが国の市町村職員で一生国保事務しか扱わない人は稀だろう。ドイツの疾病金庫の職員は皆「生え抜き」であり、とくに事務局長は「いったんなると官吏と同じ身分保障のある特別な地位」だった。むろん合併されても、事務所そのものは残るが、事務局長は一支所長に「格下げ」になってしまうのだ。

 「合併はやはり『痛み』を伴う。一部の地域では『焦土』となることも覚悟しなければならない」と地区疾病金庫全国連合会のパネン氏は、ひとつひとつ言葉を区切りながら語った。「合併のイニシアティブはどこがとったのか?」「様々なところが関与しており、単刀直入の答えは難しいが・・・やはりイニシアティブは全国連合会がとった、というべきなのだろう・・・。全国連合会がまず州連合会を『合併こそ地区疾病金庫にとっても望ましいのだ』と説得してすすめた」

 92年北ドイツのバーネムンデで開催されていた地区疾病金庫全国連合会の理事会で、会議の最中に突如「地区疾病金庫は州単位で合併する」との原案が出され「皆驚いたことに」決議された。さらに 地区疾病金庫全国連合会は、説得のためのマニュアル(Argumentationshilfe) まで発行した。以下に目次だけ示すが、地道な説得がどのように進められたかうかがえる。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━           保険者統合のための説得法(93年6月)

                   目次

1、競争という試練に立ち向かうために

2、医療構造改革法の地区疾病金庫(AOK)内部組織への影響

  1医療構造改革法は疾病金庫の光景を一変させる

  2保険者統合過程のためのシステム決定

  1)将来の競争要素

  2)組織再編の核としての連合体

  3)州連合AOKのための基本原則の決定

3、ある新AOKの検証−−−地域保険の特性の発揮

4、組織規模拡大のメリット

  1主旨

  2職務の配分

  1)地方の職務分野

  2)中央の職務分野

5、外部の関係者に対する説得

  1被保険者の要求と期待

  2事業主の要求と期待

  3政治・行政の要求と期待

6、内部の関係者に対する説得

  1金庫役員

  2金庫事務局長

  3金庫職員

7、医療構造改革法の下で、AOKがとるべき位置

  1立法者の基本方針──行政的秩序から競争的秩序への移行

  2金庫合併の促進(社会法典第5編〔医療保険〕第144 ・145 条)

  1)第144 条に基づく自発的合併

  2)申請による同一州内AOKの合併(第145 条)

  3AOK区域拡大の新命令

  4診療報酬契約範囲の地方分権化

  5超高額医療費ケースの同種金庫からの財政調整(同第265 条)

  6財政困窮金庫に対する財政支援(同第265 条a)

  7リスク構造調整(同第266 条)

  8新方針の効果

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ なおまた、合併後の現在は、93年改革による疾病金庫の内部組織改革も実施され、管理委員会のもとに3名以内の理事(任期6年)が日常の業務を執行することとされ、官吏的な待遇はなくなっている。

【ビスマルク風!?】社会保険は、19世紀末のドイツの宰相ビスマルクによってつくられた。ビスマルクといえば「鉄血宰相」「アメとムチ」といった世界史で習ったなつかしいキーワードが頭にうかぶ。ビスマルクの外交交渉の手腕は卓越していた。理性的にじっくりと説得を試みる。しかし・・・説得不能とみるや・・・断固として総攻撃にでた。

 一国の制度も、生みの親の性質を受け継ぐのだろうか?

 「一部の理事長は早期退職優遇制度により官吏並みの割増退職金を貰って退職した。彼らは今たとえばギリシャの保養地で優雅な余生を送っている」とパネン氏。

 制度改革の本質に迫ろうとすれば、反対した側の意見も聴くべきだったろう。残念ながら、ギリシャにまで足を伸ばすことはできなかった。

               ドイツ医療保険見聞録

                  5保険者選択

 連載第5回として、保険者選択の問題をとりあげる。

 教科書は、社会保険の特徴として「強制加入であり、通常は保険者を選択する自由もない」と記載している。ドイツは社会保険発祥の地であるが、厳密にはこの定義にはあてはまらない。一定所得以上の者は疾病金庫には任意加入であり、また一定の範囲内で加入者は疾病金庫を選択する自由が認められているからだ。そして93年の医療構造改革法(GSG)でリスク構造調整とともに金庫選択の自由が大幅に拡大され、ドイツ疾病金庫は本格的な加入者争奪をめぐる競争時代に突入した。

 日本の医療保険改革では、保険者機能の強化こそ検討されているものの、ドイツのような保険者間の自由選択や自由競争までは企図されていない。しかしこの問題は国民健康保険関係者にとっては興味深い。国保組合を持つ業種については市町村との間で保険者を自由に選択することができる点で、ドイツと全く同じ状況だからだ。

【憲法論争】医療保険改革といえばイコール財政問題、と認識されがちで、実は筆者もドイツを訪問するまでは、高騰する医療費の適正化を第一の目的として一連の改革が行なわれたと思いこんでいた。しかし、実際には「法の下の平等」という憲法論争が発端であり、それを解決する手段として二次的にリスク構造調整のような財政措置や金庫合併といった一連の改革が断行されたとも言えそうなのである。

 ドイツでは労働者は、ホワイトカラー(Angestellte)とブルーカラー(Arbeiter)が区別されており、従来より前者は加入する疾病金庫を自由に選択できたのに後者には選択の自由はなかった。具体的にいえば、ブルーカラー労働者は、その企業に企業疾病金庫(BKK)があれば必ずその企業疾病金庫に加入しなければならず、もしその企業が独自の疾病金庫を持てない小規模なところであれば、住所地の地区疾病金庫(AOK)に加入するしかなかった。それに対してホワイトカラー職員は、企業疾病金庫でも地区疾病金庫でもはたまた代替疾病金庫でも、好きなところを選択することができた。

 なぜそんな奇妙なことを? 残念ながら調査旅行の過程では時間の制約からあまりつっこんだことまで調べることはできなかった。筆者の推測だが、それは労働組合の形態と密接に関係するのではないか? 日本の労働組合は企業単位だが、ドイツの労働組合は中世ギルド以来の歴史から業種別組合をとっている。どういう業種の者に加入資格を与えるかは、むろん各金庫の規約で定められるが、業種ごとのギルド的組織の長い歴史が、同じ企業の労働者であっても業種によって医療保険の形態が異なる、という状況をうみだしたのかもしれない。

 ドイツ到着後最初の訪問先だった連邦保健省で、リスク構造調整担当のシュナイダー課長は93年の改革の背景を語った。「70年代末には、ブルーカラー労働者にも選択の自由を与えよ、という要求が起こっており、これに対処しないと最高裁で違憲判決がおりそうな情勢になった。そこで、すべての被保険者に疾病金庫選択の自由を導入しよう、そのために異なるリスクを疾病金庫間で配分する競争の仕組みをつくろう、ということになった」 そして92年に最高裁判決が下りる直前に、金庫選択権の拡大とリスク構造調整を柱とする構造改革法(GSG)が成立していた。判決は「もしこの立法がなされていなかったならば、この状態は『人民の平等』を定めた憲法に反していたであったろう」と述べた。まさにタッチの差で違憲判決を回避できたわけだ。

 「労働者が選択の自由を要求した理由はやはりそのほうが保険料で得だったからか?」筆者のいささか次元の低い質問に対してシュナイダー氏は「保険料率の損得、というようなことよりもブルーカラー労働者とホワイトカラー職員との間の差別を無くして欲しい、という運動だったと思う」と答えた。

 日本でも、サラリーマンは事業所単位で同じ健康保険に強制加入なのに、もし医師免許を持つサラリーマンだけは健康保険と医師国保組合とを自由に選択できる、とでもなっていたとしたら、一般サラリーマンはどう思うだろう? 保険者選択の自由が、単なる保険料の損得を越えて「法の下の平等(ボン基本法第3条)」という憲法問題にまで止揚されていた点は印象深かった。

【金庫選択のしくみ】選択の自由の拡大、といってもホワイトカラー職員とブルーカラー労働者との差別が無くなったものの、いつでもどの金庫にでも無制限に移れる、というものではない。加入できる金庫は〔表1〕のように規定されている。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━         〔表1〕強制又は任意加入者の加入できる金庫

         (社会法典第5編(医療保険)第173 条2項)

  1住所地または就業地の地区疾病金庫

  2職業又は住所が、規約に定められた業種及び区域に合致する代替疾病金庫

  3勤務企業又は職業が合致する企業疾病金庫又は同業者疾病金庫

  4企業疾病金庫又は同業者疾病金庫でも、規約により一般の加入を認めたもの

  5その者が強制加入となり、または任意加入資格を有する以前から加入資格を有してい た疾病金庫(農業者疾病金庫、海員疾病金庫、鉱山従業員組合)又は第10条の家族被保 険者であった疾病金庫

  6その者の配偶者が被保険者となっている疾病金庫

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 金庫選択の自由の拡大に関する改正の中心点は 4で、企業疾病金庫(BKK)と同業者疾病金庫(IKK)については、異なった企業や業種の者を受け入れるオープンにするか、あるいは従来通り外部の者は受け入れないクローズドにするかは規約によって定めることができる。つまり、オープンにするかクローズドのままでゆくかは各金庫に委ねられている。

 次に移動の時期だが、いつでも自由に移れる、というのでは、病気になった後で給付率の良い金庫に移る、といった逆選択の弊害がでてくる。そこで移動は年一回限られた期間のみとし、いったん移った金庫からは原則として12か月間は移動できない。より具体的には9月30日までに脱退通知を行わなければならず、新金庫へは翌年の1月1日より移動できる(ただし他の疾病金庫に加入する証明書の提出が条件である)。

 なおこれには例外があり、新規に疾病金庫への加入義務が生じた場、2週間以内に選択権を行使することができる(第175 条第3項)。さらに97年の第1次・第2次再編法においては 1保険料が上がった場合、 2給付内容に変更があった場合には、その金庫の規約変更から1か月以内に限って他の金庫に移動することができることとなった。

 もちろん誰でも、疾病治療中の者でも同じ取扱いである。また、家族被保険者は自動的に加入者本人の選択した疾病金庫の被保険者となる。

【企業疾病金庫の選択】オープンにして外部の者を受け入れるか、あるいは今まで通りクローズドのまま孤高を保つか。金庫選択の自由の拡大は、被保険者のみならず企業疾病金庫と同業者疾病金庫にも「選択」を迫ることになった。オープンにして多数の加入者を集めれば、金庫は大きく成長できる。しかし外部の者が多数を占めると、企業や業種のアイデンティは失われる・・・。

 97年7月現在東西あわせて439 の企業疾病金庫があるが、そのうちオープン化されたのは100 程度にすぎず、まだまだクローズドのままのところが多数を占めている。また同業者疾病金庫ではオープンしているのは4〜5にすぎないという。

 「企業疾病金庫がオープンあるいはクローズドを選択する理由は何か?」との問に、企業疾病金庫全国連合会のフォス副理事長は「あくまで推測だが」と前置きしつつ「ひとつは企業のフィロソフィーだ。これまで企業疾病金庫は従業員の『連帯』意識を育む絆であった。それをもしオープンにすると『連帯』意識は薄まってしまう、と経営者が恐れをいだくところではクローズドを選択するだろう。逆にオープンを選択する企業の目的はやはり加入者増だろう。とくに人員合理化で加入者数が減少している金庫は、オープン化で挽回をはかりたいところだろう」と答えた。

 企業疾病金庫全国連合会としては、もっと多くの金庫がオープンにせよと勧奨している。なんといっても加入者増は勢力拡大を意味するし、政府の圧力もある。イヤイヤオープン化した金庫もあるのか「オープンにした金庫にしても、積極的に公表して勧誘するところと、隠したがるところとがある。たとえばカールシュタットいうデパートの企業疾病金庫はオープンにしたものの秘密主義をとっている。それは専ら子会社の従業員のみ加入させるようにし、一般住民を入れようという気はないようだ」

 「でもいくら秘密主義をとったところで、無関係の人が聞きつけて加入を申込んできたら?」との問に「金庫に法律上拒否権はない。これが契約義務と呼ばれるもので、もし違反すると申込者は訴えることができる。拒否したことが発覚すると疾病金庫にとって大きなイメージダウンになるからそのようなことをする金庫は無い、と思う」とのこと。

 さて、自由競争の世界にサクセスストーリーはつきもの。95年にデュッセルドルフで設立された医療従事者(ハイルベルーフ)企業疾病金庫はたった5人でスタートしたのに、2年以内に5万人にも膨れ上がった。医療従事者という名称になっているが、オープン型なので誰でも加入でき、最新の通信手段を駆使して事務所はたった一か所しかないのに全国から申込者を集めたからだ(設立要件は通常加入者1000人以上。この疾病金庫は厳密にいうと、既存の企業疾病金庫の法人格を受け継いで従前の加入者がほとんど他の金庫へ移籍してしまっため5人でスタートしたという稀な事例)。

【地区疾病金庫の試練】選択の自由は拡大されたものの、フタをあけてみると「移籍者数は当初の予想をはるかに下回っている。疾病金庫の移動は自動車や服を変えるように気楽には行なわれない。やはり長年つきあってきた金庫を変えるのは心理的抵抗が大きい(フォス氏)」という。

 そんなものか・・・といったんは思ったものの「本当」の理由はその後2つの地区疾病金庫の訪問によって明らかとなる。移籍者数が予想をはるかに下回ったのは、堤防の決壊を塞ごうとする地区疾病金庫の必死の努力のたまものだったのだ。

 予想を下回ったにせよ、地区疾病金庫からの「流出」は確実に起こった〔表2〕。全国ベースでみると2年弱の間に111万人がまるまる「ライバル」に奪われ、この調子で流出が続けば、地区疾病金庫は東ドイツと同じ運命をたどりかねない。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━         〔表2〕疾病金庫種類別加入者(本人)数の変化

            96年1月1日 97年10月1日   増減    保険料率 

地区疾病金庫(AOK) 2214万人 2103万人(▲111万人) 13.79 %

職員代替疾病金庫(VdAK) 1764万人 1831万人(  64万人) 13.91 %

企業疾病金庫(BKK)  521万人  554万人(  33万人) 12.81 %

同業者疾病金庫(IKK) 300万人  316万人(  16万人) 13.15 %

労働者代替疾病金庫(AEV)94万人  107万人(  13万人) 13.06 %

           (出典:企業疾病金庫連合会の資料)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 最初の訪問先、チューリンゲン州地区疾病金庫は旧東ドイツ地域にある。「州民の所得は低く、平均所得は西ドイツ地域の73%しかありません。保険料は所得比例なので、当然保険料収入も少なくなります。それに対して医療費支出は西ドイツの90%もあり、財政的に極めて厳しい状況にあります。加入者本人のうち14.6%が失業者、48.2%が年金受給者、そして就業者は34.3%にすぎません。失業率も西側に比べると非常に高い率です」ナウマン理事長の声も陰鬱な響きを帯びる。

 「このたびの改革で、96年度は2万6351人(加入者の約3%)が解約しました。その理由は他の金庫の方が保険料が低かったからです。解約者のうち年金受給者は1569人だけで、残りは一般加入者でした」一般加入者が激減し、老人だけが増える・・・日本の市町村国保と全く同じではないか。自由選択制となり各金庫とも「ウチへ移りませんか」と勧誘したが、年金受給者は医療費もかさむのであまり勧誘しなかったせいもあるという。幸いリスク構造調整の効果で保険料格差が縮小し、97年度の解約者は減少した。それでも7014人が流出した。この年金受給者の移動の少なさは全国的な傾向だ。これについては年金受給者の保険料率が97年6月までは全国一律であったことも影響しているのではないかと考えるが、動向調査ではどこからもコメントが無かった(97年7月からは加入疾病金庫ごとになった料率が適用される)。

 ところが、次の訪問先、旧西ドイツ地域のバーデンヴュルテンベルク州地区疾病金庫はかなり様子が違っていた。シュトゥットガルトの市内を走ると駅の看板などいたるところで地区疾病金庫の緑のシンボルが目に入る。事務所の玄関をくぐると「13%」という保険料率をPRするマスコット人形が出迎えてくれる(写真)。

 「当州の地区疾病金庫の占有率は50%。こんなに高い州は他にありません。その秘密は13%という全地区疾病金庫中最低の保険料率にあります」クルップ課長は見せたくてしょうがないといわんばかりにスライドを見せた。そんなバーデンヴュルテンベルク州地区疾病金庫も金庫選択制のあおりを受け96年には25235 人が解約、対して加入は5000人と2万人以上も流出した。しかし経営努力で、97年には解約8000人に対して加入12000 人と、4000人の「奪還」に成功したのだった(12月半ばまでの見込み数)。

 どんな「経営努力」が実を結んだのだろう? それは次回のお楽しみ・・・。

               ドイツ医療保険見聞録

             6保険者努力とマネジドケアの試み

 6回目として保険者自身による様々な経営努力とモデルプロジェクトや構造契約によるマネジドケアの試みについて報告する。

 保険者選択の自由化で、各疾病金庫は加入者争奪をめぐる競争時代へと突入した。保険者を自由に選択できる状況下では、加入者は当然ながら、保険料がより安く、かつサービスが満足できる金庫を選択する。すなわち顧客満足度と価格の両面の競争となる。

【顧客満足のための努力】4000人の奪還に成功したバーデンヴュルテンベルク州地区疾病金庫の成功の秘密は13%という低い保険料率もさることながら、徹底した顧客満足重視の戦略にあった。

 「代替疾病金庫や企業疾病金庫のなかには我々より低い料率のところもあります。しかし、事務所のサービスの持ち方は我々がまさっており、加入者も満足してもらっている、と考えている。加入者のニードは何か、どれだけ満足しているか、専門業者に依頼して調査し、それによってサービス提供している。・・・我々は従業員への教育に力を入れており、その専門分野についての教育にとどまらず、接客態度や執務に対する教育を重視している。そして顧客のために『もし我々のサービスに不満足なら遠慮なく申立て欲しい』とクレーム担当部を置いている。大企業がしているように。営業時間は8時から18時だが、その後も電話で対応できるようにしている。土曜日でも歩行者天国がある町など、特別にオープンして加入者が気軽に立ち寄れるようにしている」とクルップ課長。

【価格競争】金庫選択のにあたってサービスと保険料価格のどちらを重視するかは加入者によって微妙に違うようだ。容易に想像できるように、サービスをよく使う高齢者(年金受給者)は保険料よりもサービスを重視するが、若い一般加入者は少しでも保険料が安い方がよい、と考える。それがチュービンゲン州地区疾病金庫に悲劇をもたらした。保険料率13%のバーデンヴュルテンベルク州地区疾病金庫は成功したが、14.5%のチュービンゲン州地区疾病金庫からは、若い一般加入者が大挙して流出し、逆に「年金受給者はたとえ料率が高くても給付内容にひかれてそれまでの金庫に留まった(ナウマン理事長)」からだ。

 リスク構造調整で保険料格差が縮小したために、今や疾病金庫の価格競争はコンマ以下の保険料率で争われている。1.5 %の差など論外なのだ。

 では価格競争に勝つ経営努力とはどういったものか? 加入者の所得や年齢構造の違いはリスク構造調整で揃えられる。健康状態で加入を拒否することは厳に禁じられている(金庫は加入者に診断書の提出を求めてはならない)。残された分野は給付の合理化しかない。しかも合理化は、患者の満足を犠牲にしないように行なわなければならない。

【マネジドケアのモデルプロジェクト】ここでドイツの医療費支払システムをおさらいする。医療給付は大きく、医師費用、薬剤費用そして病院費用に大別される。

 医師費用については各州の保険医協会と金庫連合会とが契約する「総額請負制」であり、妥結された総額の範囲内で、保険医協会は各医師に出来高に応じて報酬を按分する。それに対して薬局に支払う薬剤費用は出来高払いである。病院費用は、一日につきいくら、という日額制をとっていたが、93年改革でアメリカのDRGに類似した一件当たり包括払い制が導入された。

 したがって医師費用についてはコスト管理は比較的容易だが、問題は薬剤と病院。入院にせよ投薬にせよ、その判断は医師が握っている。わが国のように医師が病院を経営したり薬価差に依存するといったことはドイツにはないが、やはり医師の側にコスト意識が乏しいことから、どうしても高価な薬剤が処方されたり、不必要な入院も指示されてしまう。そこで、処方権や入院指示といった医師の「聖域」に保険者が介入する、いわゆる「マネジドケア」が「ドイツでも2年くらい前から医療費抑制の『魔法の言葉』としてさかんにもてはやされ(地区疾病金庫全国連合会パネン氏)」るようになった。

 社会法典第5編(医療保険)も、疾病金庫が医療の質や効率性の向上を目的にモデルプロジェクトを行うことを認めており(第63条)、現在までに〔表1〕のような様々なプロジェクトが試行されている。プロジェクトの期間は最長8年とされ、成果は学問的に分析した上で公表しなければならない(65条)。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━          進行中のマネジドケアモデルプロジェクト

1、地区疾病金庫全国連合会による家庭医モデル

2、ベルリン及びハンブルグでの地区疾病金庫と保険医協会間の協定モデル

3、バーデンヴュルテンベルグ地区疾病金庫と保険医協会によるグループ診療モデル

4、企業疾病金庫全国連合会による統合予算制グループ診療モデル

5、ブランデンブルグでの健康センターによる統合給付管理モデル

      (出典:Managed Care---Impulse fur die GKV?, 96年3月)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━【構造契約】こうしたモデルプロジェクトを成果をふまえて97年7月の法改正により「構造契約」が導入された(第73条a)。これは保険医協会と州金庫連合会とが契約を結び、被保険者が選択した家庭医が、医師費用のみならず病院費用や薬剤費も含めて予算管理を行い、金庫と利害を共にしあう、というもの。訪問したチュービンゲン州ではいよいよ98年1月1日よりスタートする矢先であった。

 その内容たるや、病院や薬局の経営者が真っ青になるものである。

 すなわち家庭医が病院費用や薬剤費の削減に協力すれば、その削減額の50%を医師が、残り50%を金庫がとる。たとえば手術をするにも、入院させずに外来ですませれば、ういた病院費用の50%を医師は報奨金としてもらう。薬品でも同じで、同じ薬効分類の中でも、より安い品を処方すれば、差額の50%を医師がとる。たとえ50%の報奨金を出しても、地区疾病金庫にしてみれば、入院させられたり高価な薬品を処方されることを考えれば、同じく50%の得をしたことになる。

 チュービンゲン州地区疾病金庫のナウマン理事長は「確実にいえるのは、これまで医師は治療の選択においてコスト意識が欠如していた、ということだ。病院間でも非常にコストの差があった。一例として同じ疾患、たとえば虫垂炎、の治療の患者を、開業医がコストの高い大学病院へ送って治療するということがあった。ですから我々としては医師に『もうすこしコスト意識を以て欲しい。少なくとも知ろうとして欲しい。そのための報奨金を出す』という考えだ。それをサポートするため医師に対して、どの選択肢がいくらなのかのコスト情報を提供するホットラインまで設置した。ある調査によれば、病院で提供された治療の20%は不必要だった」と熱っぽく語る。

 ただ、こうした構造契約は、医師も被保険者も参加はあくまで任意、と法律に明記されている。アメリカの様子をみる限り、マネジドケアは医師の間ですこぶる評判が悪い。それだけに医師が宿敵(?)である保険者と手をくんだチュービンゲン州の例は特異にさえ思われる。事実、職員代替疾病金庫連合会のワルツィック氏の見方は冷やかだ。

 「今回の2つの再編法に関しては、かなり医師側に有利なものとなっており、逆に出来高払いの要素が強くなってさえいる。むしろ従来の『鍋にフタ』式の医療費抑制策のフタが取り払われたような感じで、医師の中には『これで遠慮なく支出できる』と楽観的な見方をする者さえあるようだ」 職員代替疾病金庫連合会では第三の案として「治療の定型化しやすい疾患について疾病毎の診療ガイドラインを作成する」ことを提案している。

【合理化努力】医療保険の経営努力は、これまで述べてきた医療給付面の努力がメインとなるが、やはり保険者組織そのものの合理化も不可欠になる。競争力をつけるための合併は民間企業ではしばしば行なわれ、とくに製薬業界においてはめまぐるしい。そして・・・合併の後にくるのは「人減らし」の嵐だ。

 タイタニック的な合併を断行した地区疾病金庫は、しかし、今のところレイオフは行なわれていない。ちなみに被保険者107 万人のチュービンゲン州地区疾病金庫の職員は2750人、438 万人のバーデンヴュルデンベルグ州地区疾病金庫は8000人である。

 全国連合会のパネン氏は「地区疾病金庫自身に大きなメスを入れなければならないことになった。合併直後の新しい機運を利用して組織を大変革し、競争力を高めようとしているがなかなか思うようにすすんでいない。我々は新しく『営業部』を設置しなければならなかった。新しい被保険者を獲得する営業マン職員を教育し育てあげることは地区疾病金庫にとってきわめて新しい状況だ」と内情を語った。営業マンにはノルマが課せられ、勤務成績に応じた成功報酬制も導入された。職員の資質向上のためアメリカのコンサル会社と契約までした。

 ところで、経営トップはどう責任を負っているのか? アメリカでは医療保険も営利企業であり、優れた成績をあげた役員は何百万ドルもの報酬を手にする。でもドイツの疾病金庫は自由化されたとはいえ非営利法人。成功報酬や配当はそぐわないようにも思える。 ところがどっこい、非営利法人である疾病金庫の役員にも営利企業並にボーナス(エフォートマネー)が支給される。そしてそれが「最近数か月公の場でさかんに論議されている問題だ(パネン氏)」。ボーナスがさして実績の裏付けもないのに役員に高額支給されたりして、役員への給与についても何らかの州法の規制が必要ではないか、という意見が強まってきた、のだそうだ。

 レイオフが無かった、といってもあくまで「今のところ」は、である。市町村直営の日本では、職員は公務員として身分が保障されている。疾病金庫の職員は、保険料の約5%を占める事務費で雇用される民間サラリーマンにすぎない。同じ金庫に原則として12か月とどまることになっているものの、保険料率が0.1 %でも上がろうものなら、被保険者は直ちに脱退することができる。

 属する金庫の保険料率と脱退者の数字を、職員らは身を削られる思いで日々眺めている。

              ドイツ医療保険見聞録

                7(最終回)介護保険

第37条〔自己調達の介護サービスに対する現金給付〕

1)要介護者は、在宅介護現物給付の代わりに現金給付を申請することができる。その請求権は、要介護者が支給された現金で必要な基礎介護および家事援助サービスに見合う量のサービスをある介護者による適切な方法で自ら確保することを条件とする。

3)第1項に基づき現金給付を受給する要介護者は、

  1、要介護度I及びIIに該当する者は少なくとも半年に1度

  2、要介護度IIIに該当する者は少なくとも四半期に1度

 介護金庫が供給契約を結んでいる介護事業者の介護査察を受けなければならない。介護査察は、在宅介護の質および基準通りの介護が行なわれているか確認するとともに、在宅介護に対する助言も行う。この介護査察に要する費用は、要介護者により償還請求される。その額は要介護度I及びIIは30マルク以内、IIIは50マルク以内である。介護査察担当者は、要介護者の同意を得た上で、査察でわかった介護の状況の質および改善の必要性の有無等について所轄介護金庫に報告しなければならない。

 全国介護金庫連合会は、この報告のための統一の形式をとりまとめ、要介護者はその報告書の控えを受け取るものとする。要介護者が査察を拒んだり、報告の同意を与えなかった場合には、介護金庫は現金給付の額を削減することができ、同様のことが繰り返された場合には給付を差し止めることができる。

 

第77条〔個人介護人による在宅介護〕

1)許可された介護事業者を通じてサービス提供が確保できない場合に限って、所轄介護金庫は、適当な介護人個人と契約を結んで、在宅介護および家事援助サービスを提供することができる。それでも、要介護者の3親等以内の親族及び姻族や同居人との契約は認められない。契約にはサービスの内容、量、報酬並びに、契約されたサービスの質と経済性の評価に関する事項も含めなければならない。契約にはさらに、介護人は介護される要介護者との間でいかなる商売関係も持ってはならない旨についても規定する。契約に相違する事実があった場合には、金庫は契約を解除することができる。

2)介護金庫は、必要がある場合には、介護サービスの経済性と質が本法が要求する基準を満たす介護人については(第1項に基づく契約ではなく−−−訳注)金庫職員として雇用することができる。               ドイツ医療保険見聞録

                 7介護保険(上)

 連載の最終回として介護保険を2回にわたってとりあげる。ドイツ介護保険の概要は既に多くの紹介があるので、ここでは主としてわが国の介護保険との相違点を中心に述べてゆきたい。

 わが国の介護保険制度との対比からドイツ介護保険の特徴は以下の点に集約される。

1家族介護に対する現金給付がある

2財政的には全国一本の制度であるが、保険者は医療保険そのままである

3保険料納付要件がある

4医師の在宅診療や薬剤費のような医学的部分はなく純粋な「介護」保険である

5高齢者だけでなく全年齢を対象とする

 また、技術的な詳細にわたるが、以下の点がわが国の介護保険と微妙に異なる。

 第一に、介護保険給付の要となる要介護認定についてみると、わが国では、一定の条件を満たすケアマネジャー(医師に限定されない)が認定の中心となる面接調査を行い、それにもとづいて保険者である市町村の認定審査会が行うことになっているが、ドイツでは、MDKという独立した機関の専門医師が独占的かつ単独で行うこととされる。

 第二に、居宅と施設との関係であるが、居宅優先という原則は日独共通であるものの、わが国の介護保険が被保険者の自由な選択を許しているのに対して、ドイツ介護保険では施設介護は居宅介護が不可能である場合のみ限定的に給付対象としている。

 第三に、一部負担金と自己負担金(ここで一部負担金とは保険給付の一定割合を受給者が負担するものを差し、自己負担金とは実際にかかった費用と保険給付額との差額を指す)について。わが国の介護保険法では居宅、施設を区別せず一律に一割の一部負担金を課している(ただしケアプラン作成費は例外的に一部負担金無し)。それに対しドイツは居宅介護を優先するポリシーからか、居宅と施設との間で一部負担金と自己負担金に差を設けている。すなわち居宅介護については後述する介護サービスの価格を要介護度に応じた限度額の範囲内で全額給付し一部負担金は無いが(むろん、限度額を越えた費用は自己負担金となる)、施設介護については施設の請求額の75%を給付限度とするなど居宅との間で差を設けている(97年12月31日までの移行措置)。

 第四に、介護保険法に、給付費の増大を防止するための様々なキャップが法定されている。その概要は〔表1〕の通り。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━        〔表1〕ドイツ介護保険法における様々な給付制限

●要介護度IIIの居宅要介護者のうち、がん末期などとくに過酷な介護を要する者は特例として月3750マルクまでの給付が行なわれるが、この特例は要介護度IIIの居宅要介護者の3%を越えてはならない(第36条4))。

●施設介護に対する報酬は月2800マルクを限度とする(第43条2))。なお97年末までは経過措置として以下のような制限がさらに加えられていた(介護リスク対策法第49条a)

 ○実際の施設の請求額の75%を限度とする

 ○要介護度Iの者は2000マルク、同IIの者は2500マルクを限度とする

●各介護金庫の施設介護費用の総額は要施設介護者一人平均年3万マルクを越えないこと(各金庫は1月1日から7月1日までの半年間の給付総額を調べこのワク内におさまるか検討を義務づけられる)第43条2)

●要介護度IIIの施設収容者で、植物状態、最重度痴呆、がん末期のような特に過酷な介護を必要とする者については例外として月3300マルクまで給付されるが、この例外は要介護度IIIの者の5%を越えてはならない。第43条3)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━保険加入期間要件

 ドイツ介護保険法でわが国に案外知られていないことは、受給のために保険加入期間要件が課せられている点である。わが国の場合、年金や政管の日雇特例被保険者に一定の保険料納付期間を要件とするものがあるが、介護保険では保険加入期間は要件とはされていない。

 ドイツ介護保険法第33条は以下のような保険加入期間を受給要件としている。

     1996年中・・・申請前少なくとも1年

     1997年中・・・申請前少なくとも2年

     1998年中・・・申請前少なくとも3年

     1999年中・・・申請前少なくとも4年

 そして2000年1月1日以降は、申請前10年間に少なくとも5年以上の保険加入期間が要件とされる。この期間は異なった金庫間でも通算される。また以前に民間介護保険に加入していたが公的介護保険に強制加入になった者は、それまで継続して加入していた民間介護保険の期間も通算される。

 このような要件が設けられたのは、一定の所得を越える者や自営業者については、公的介護保険への加入が公的医療保険の加入選択と連動しており、任意加入であるので、要介護状態になってから保険加入する逆選択を防止するためと考えられる。

要介護認定

 要介護認定は日独の介護保険制度共通の最重要問題であるが、すでに多く報告もあり、ここでは調査旅行で得られた知見のみに限定して述べる。

 ドイツでは要介護認定はMDKと呼ばれる州単位に設立された独立した医学判定機関が統一的に行っている。要介護認定をめぐってはその「ばらつき」がしばしば問題とされるが、州間の格差はあっても、同じ州内であれば属する金庫によって格差は理論的には生じない。

 MDK(Medizinisher Dienst der Krankenkassen、疾病金庫医学サービス) は1988年の医療構造改革法(GSG) によって、それまで金庫ごとに医師と契約して医学的判定を行わさせていたのを統一的な機関に再編する目的で設置された機関であり、州政府、金庫、保険医協会のいずれにも属さない中立的機関である。チューリンゲン州のMDKは250 人の職員をかかえ、そのうち80人が医師である。その業務は半分が医療保険のたとえば傷病に関する現金給付の審査、もう半分が介護保険の要介護認定である。MDKはあくまで公的介護金庫の要介護認定のみを担当し、民間介護保険の要介護認定は各保険会社が独自に行っている。

 州人口251 万7800人のチューリンゲン州地区疾病金庫では、97年10月現在で介護保険加入者が106 万人おり、うち要介護の受給者は4.3 %にあたる45,856人とのことであった( 同金庫の資料による) 。驚いたことに、同地区疾病金庫は加入者数では州人口の42%しかないのに、要介護の受給者数では90%を占めるのだという(マークマン副事務局長)。逆算すると要介護受給者の総数は約5万1000人となり、総人口に対する割合は約2%となる。 2%とはわが国人口にあてはめると約250 万人となるが、これは93年における要支援、痴呆、寝たきりの要介護者の推計数(200 万人)とよく一致する。もし要介護者の割合に両国で差が無いとすれば、ドイツの要介護度はわが国介護保険の「要支援」状態も含む比較的ゆるやかなものといえそうである。

 介護保険では、受給の前提として要介護状態として認定されなければならないが、その申請数はどれだけあっただろうか?

 残念ながら申請数や却下率に関する正確なデータはチューリンゲン州地区疾病金庫からは得られなかったが、別の訪問先であるバーデンヴュルテンベルグ州では約4分の1の却下率とのことだったので、それをそのままあてはめると、45,856人の受給者の背景には少なくとも約6万8000件の申請が、95年1月の居宅介護給付スタートからこれまでにあったことになる。認定後に既に死亡・転出した人数も相当あるであろうから、実際の申請数はこれよりはるかに多かったはずである。

 とりあえず6万8000件の申請があったと仮定し、それを同州のMDKの医師80人でわると一人当たり850 件。これを施行より97年9月までの33か月でわると月平均26件となる。 すでに述べたようにMDKの業務のうち介護保険は半分にすぎず、また要介護認定は、たとえば3か月に一度は更新しなければならない。そのように考えると一日最低2人の申請者の居宅を訪問しなければならない。とくにスタート直後は申請が殺到し、認定の遅れへの不満が高まったとのことであるが、わが国でも要介護認定の開始まであと1年半と迫っていることから、万全の準備対策の重要性を示唆しているといえるだろう。

               8介護保険(下)最終回

居宅介護費用の計算

 居宅介護費用は出来高払いを原則とし、こと細かに定義された介護サービスごとに価格が設定されている〔表2〕。そして要介護度によって全国一律に定められる月単位の限度額のワク内で、現物給付される(要介護状態の期間が1月に満たないときは日割り計算)。限度額は要介護度Iが750 マルク、IIが1800マルク、IIIが2800マルクであり、IIIのうちとくに過酷な介護が必要とされる場合には例外的に3750マルクまでの給付が認められる。

 この点はわが国の介護保険法と全く同じであるが、興味深いのは、価格が専門家によるサービス提供とそうでない者による提供とで差が設けられている点。現物給付は原則として契約された介護の専門家によって提供されるので、通常は「専門家」の価格で計算されるが、例外として専門家でない、たとえば隣近所の人による介護提供も認めることになっており(第77条)、そのような場合には非専門家の価格が適用される。

 その価格を見て「ずいぶん高いな」というのが正直な感想ではないだろうか。現在の為替レートでは1マルクは約70円なので、わが国の医療保険の初診料の価格は30マルク程度になる。わが国の医師の初診料がドイツの食事介助(大きなもの)にほぼ相当する。清掃、買物、アイロンかけなどはおおよその時間の目安が示されているが、それから1時間当たり時給を計算すると45マルク、約3150円となった。これはわが国のホームヘルパーの標準的な時給の倍である。むろん訪問中、これらの業務を続けざまに行えるわけではないので、単純に比較するのはムリかもしれないが、ドイツにおいて居宅介護費用はかなり高く評価されている。

 裏返すと、限られた予算のわく内では、こんな高価なサービスの購入はおのずと限度がでてくる。ちなみに先に述べた限度額からは交通費が自動的に引かれる。交通費は実費ではなく、要介護度Iは60マルク、IIとIIIは180 マルクと定額になっている。したがって交通費を除けば、限度額はI690 マルク、II1620マルク、III2620マルクになってしまう。

 〔表3〕は地区疾病金庫のパンフレットに掲載された要介護度IIの標準的なケアプランである。このプランによると1月の介護費用は総額2691マルクにもなり、保険からの給付限度1800マルクをかるくオーバーしてしまう。「足りない分は、親族、友人、隣人に助けてもらい節約しましょう」と地区疾病金庫のパンフレットに記載されているが、保険者としては少し無責任な言い方という気もしないでもない。

限度額管理

 要介護度に応じて給付限度額があることから、適切な限度額管理を行うことが日独の介護保険制度共通の課題となる。さもなくば受給者に思わぬ負担を被らせたり、サービス事業者に未収金を発生させてしまう。

 わが国の介護保険はケアマネジャーによるケアプラン作成を現物給付の条件とし、ケアプランによらず受給者が自己の選択でサービスを購入する場合は償還払い制をとることで問題の解決をはかろうとしているようだが、ドイツはどうしているか?

 「サービスは複数の業者から受けることもできるが原則として一つ。たいていの受給者は違う人がいれかわりたちかわり来るのを嫌がるので、通常は単一業者からのみだ。地区疾病金庫ではコンピューターで限度額管理をしており、最初に請求した業者には全額支払うが、いったん限度額に達してしまえば後から来た請求書に対しては支払わない」とバーデンヴュテルベルグ州地区疾病金庫のクルツ氏。サービス事業者が一つだけなら限度額管理もさして困難ではあるまい。

 これは日独の介護保険のカバーする範囲の広狭に起因するようだ。わが国の介護保険は純粋な介護だけでなく、訪問看護や在宅診療など慢性期の医学サービスも含む。ホームヘルパーのみならず、訪問看護ステーションや診療所、薬局、そして訪問入浴サービスにいたるまで雑多な業者が関係し、時には限られたパイを奪い合うなど利害対立も起こりうる。それゆえ、ケアマネジメントやケアカンファレンスといったコーディネート機能が決定的な重要性を帯びる。対してドイツは純粋な介護サービスだけなのでそんな心配がない。

 道理で、ケアマネジャーやケアマネジメントについてあれこれ質問しても満足ゆく答えが返ってこなかったはずである。金庫には、いちおうケアマネジャーと呼ばれる職員が配置されてはいるが、サービス提供にあまり介入することはなく、せいぜい複数の事業者から請求書がまわされてきたときのペーパーワークをこなすぐらいの役割した果していないようだ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━             〔表2〕居宅介護サービス価格表

                                 価格(マルク)

                               専門家 非専門家整容(大)                           38.25 26.25

  1衣類の着脱

  2皮膚の手入れ

  3整髪

  4歯磨き、入れ歯の手入れ(耳下腺炎や鷲口瘡の予防含む)

  5ヒゲ剃り

  6シャワー又はベッド上の清拭(必要に応じ洗面器を使う)洗髪含む          7ベッドへの/からの移動

整容(小)                            25.5   17.5

  1 2 4 7・・・(大)に同じ

  6清拭(ベッド上か又は洗面器を用いて)

 ※ 3 5は無し

全身浴(治療浴ではない)                     38.25  26.25

  1衣類の着脱

  2入浴(必要に応じて洗髪も含む)

  3皮膚の手入れ

  4ベッドへの/からの移動

排泄(排便、排尿、催吐)の介助                  17.0   11.65

  1衣類の着脱

  2トイレまでの移動の介助

  3カテーテルによる導尿

  4催吐の介助(胃チューブによる排泄も含む)

  5排便・排尿の介助(人工肛門の手入れも含む)

  6局部の洗浄

体位変換(原則として以下のものを指す)              8.5   5.85

  1ベッドメイキング

  2体位変換

  3褥瘡の予防(必要に応じて皮膚の手入れも含む)

身体運動                             8.5   5.85

  1障害された腕や足を何度も動かすことによる関節硬縮の予防措置

  2呼吸訓練による肺炎予防措置

食事介助(簡単なもの)                      8.5   5.85

  1ベッド上で起こすこと又はテーブルに着席させること

  2口にあうようにきざむこと

  3温かい飲物や冷たい飲物を調理すること

食事介助(大きなもの)                      29.75  20.4

  1 2 3・・・簡単なものに同じ

  4飲食の介助(スプーン又は一口ごとに)

  5口内の清掃(又は入れ歯の手入れ)

  6口周囲の清拭

外出・帰宅の介助(散歩や、文化行事への参加は除く)時間:約1時間 51.0 35.0

  1それに必要な衣服の着脱

  2階段の昇降

  3役所、医者、買物への同伴

調理(簡単なもの)                        18.75  14.6

  1冷凍食品の準備

  2調理済食品の加熱

  3配膳

  4テーブルにカバーを被せること

  5後かたづけ

  6食器の洗浄

調理(要介護者の居宅におけるもの)                37.5   29.15

  1調理

  2食器のかたずけと洗浄

  3作業範囲の清掃

配膳車や施設昼食会での介助                     4.0

  1配膳車での調理と居宅への配達

  2施設昼食会での配膳とテーブルクロスの洗濯

買物(要介護者を同伴しないもの、大は約1時間、小は約20分)  大 45.0   35.0

  1買物、食事の献立の決定                  小 15.0   11.65

  2日常用品、衛生および家事の上でどうしても必要なものの購入

  3使い走り(薬局、郵便、クリーニング)

  4購入した物の居宅内への収納

洗濯                               33.75  26.25

  1衣服および下着の洗濯(つくろい、アイロンがけ含む)

  2量は洗濯機を一杯にする程度、または一回で手洗いできる程度

アイロンかけ(約30分、仕上がったものの整頓含む)         22.5   17.5

ベッドのシーツ交換                        7.5   5.85

清掃(大、3時間、以下のうちから選択auch alternativ )     135.0  105.0

  1カーテンの取り外し、洗濯、取付け

  2窓拭き

  3冷蔵庫の氷を溶かして掃除すること

  4家畜小屋の掃除

清掃(小、30分、以下のうちから選択)               22.5   17.5

  1ゴミ処理

  2浴室、トイレの掃除

  3電気掃除機かけと雑巾がけ

  4洗浄(ただし調理の一部として行なわれるものを除く)

  5ほこりのふきとり

  6階段の清掃

暖房(薪、石炭、石油を燃焼させることが前提)           11.25  8.75

  1燃料の積み重ね、注入

  2燃料への着火

  3灰の取り出し

  4炉の掃除                                  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━              〔表3〕ケアプランの例

例〕脳卒中により半身不随のため、身体介助、食事摂取、移動および家事につき要介護。            要介護度II(限度額1800マルク)

            月当たり回数   価格    費用  

整容(小)         13     25.5    331.5

整容(大)         13     38.25    497.25

全身浴            4     38.25    153.0

排泄の介助(一日2回)   60     17.0   1,020.0

身体運動(一日2回)    60      8.5    510.0

交通費            1     180.0    180.0

                          2,691.75

※「親族等に助けてもらい『排泄の介助』『身体運動』を1日1回として計算すれば

1,926.75マルクですみます」との説明がある。

         〔出典:AOK,Ratgeber Hausliche Pflegehilfe〕

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━現金給付

 日独の介護保険の決定的な違いは、家族介護に対する現金給付にあり、それはわが国の介護保険でも論議の焦点となったのは周知の通りである。わが国の介護保険法においては結局見送りとなったが、その理由としては財政上の理由の他に「現金バラまき」に終わるのではないか、という懸念もあった。

 ドイツ介護保険法でも現金給付は、少なくとも条文上は、現金バラまきにおわらないよう、あくまで要介護者がみずから他の介護人による介護サービスを確保し受給することが支給の条件とされている。さらに、その条件が確実に満たされているかどうか、定期的に査察され、金庫に報告することが義務づけられている(介護保険法第37条)。査察に協力しない受給者に対しては減額や給付差止めといった制裁規定まである。

 このように、現金給付といっても貰いっぱなしでゆけるのではなく、また給付額も現物給付より低く設定されているものの、現実には大多数が現金給付を選択した。チューリンゲン地区疾病金庫の場合、居宅介護費用の72%が現金給付に費やされている。給付額は現物給付の半額だから、受給者数でいえば84%が現金給付を選択したことになる。

 いいかえれば84%が半額の給付で済んでいるわけで、それが財源対策といえばそうである。「もし要介護者が皆、現物給付を請求したらサービス要員不足が起こるだろう」と企業疾病金庫連合会のフォス氏はいみじくも語ったが、もし全員が現物給付を選択するとチューリンゲン疾病金庫の居宅介護給付費はたちまち2億マルク近くも膨らむだろう。

 また現金給付と関連して、許可された介護事業者を通じてサービス提供が確保できない場合に限って、介護人個人と介護金庫との契約により現物給付を行える規定がある(介護保険法第77条)。この場合、要介護者の3親等以内の親族及び姻族や同居人との契約は認められない。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━          チューリンゲン地区疾病金庫の介護給付費

                (97年9月現在)

            施設介護費  1億9434万マルク

            居宅現金給付 1億8042万マルク

            居宅現物給付   6986万マルク

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━                ドイツ介護保険法

第37条〔自己調達の介護サービスに対する現金給付〕

1)要介護者は、居宅介護現物給付の代わりに現金給付を申請することができる。その請求権は、要介護者が支給された現金で、必要な基礎介護および家事援助サービスにみあう量のサービスを、他の介護人によって、適切な方法で自ら確保することを条件とする。

 支給額は暦月につき以下の額とする。

  1、要介護度Iは400マルク

  2、要介護度IIは800マルク

  3、要介護度IIIは1300マルク

3)第1項に基づき現金給付を受給する要介護者は、

  1、要介護度I及びIIに該当する者は少なくとも半年に1度

  2、要介護度IIIに該当する者は少なくとも四半期に1度

 介護金庫が供給契約を結んでいる介護事業者の介護査察を受けなければならない。介護査察は、居宅介護の質および基準通りの介護が行なわれているか確認するとともに、居宅介護に対する助言も行う。この介護査察に要する費用は、要介護者により償還請求される。その額は要介護度I及びIIは30マルク以内、IIIは50マルク以内である。介護査察担当者は、要介護者の同意を得た上で、査察でわかった介護の状況の質および改善の必要性の有無等について所轄介護金庫に報告しなければならない。

 全国介護金庫連合会は、この報告のための統一の形式をとりまとめ、要介護者はその報告書の控えを受け取るものとする。要介護者が査察を拒んだり、報告の同意を与えなかった場合には、介護金庫は現金給付の額を削減することができ、同様のことが繰り返された場合には給付を差し止めることができる。

 

第77条〔個人介護人による在宅介護〕

1)許可された介護事業者を通じてサービス提供が確保できない場合に限って、所轄介護金庫は、適当な介護人個人と契約を結んで、居宅介護および家事援助サービスを提供することができる。それでも、要介護者の3親等以内の親族及び姻族や同居人との契約は認められない。契約にはサービスの内容、量、報酬並びに、契約されたサービスの質と経済性の評価に関する事項も含めなければならない。契約にはさらに、介護人は介護される要介護者との間でいかなる商売関係も持ってはならない旨についても規定する。契約に相違する事実があった場合には、金庫は契約を解除することができる。

2)介護金庫は、必要がある場合には、介護サービスの経済性と質が本法が要求する基準を満たす介護人については(1)に基づく契約ではなく−−−訳注)金庫職員として雇用することができる。

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まとめ

 今回の調査旅行は筆者にとって初めてのドイツ訪問であり、10日間にわたって高速列車でドイツ各地をかけめぐるめまぐるしい旅であった。少人数で十分な下準備をしていったこともあり訪問先での討議も、ときに相手側もとまどうほど踏み込んだものになった。

 討議を記録したテープは、ホテルに帰着した後ただちに携帯したポータブルワープロで速記した。別に刊行される調査報告書に収録されている速記録は、筆者がテープおこししたものをベースに、舩橋光俊団長が加筆修正したものである。氏は20年前に日独年金協定の調査等を目的にドイツに滞在された経験があり、今回の調査旅行が実り多いものとなったのはひとえに氏のドイツ語力のたまものである。筆者も20年前に大学でドイツ語はひととおり学んだものの、氏による入念な訳のチェックがなければ今回の連載も不可能であった。今回の97年12月の調査時期が、わが国の介護保険法成立とともに、宿願であった日独年金協定の合意と重なったことも因縁めいている。

 連載を終えるにあたって、ひとつの思いでを記しておきたい。

 それはベルリンの歴史博物館に所蔵されているマルチン・ルターが訳した聖書の原本と、アイゼナハのヴァルテブルク城にあるルターの書斎である。

 500 年近く前、ルターは宗教改革をおこし、旧教に対抗する新教の勢力をつくりあげた。そのルターの最大の業績が、聖書をドイツ語に翻訳したことである。ラテン語で書かれた聖書がドイツ語に翻訳され、グーテンベルクが発明した活版印刷技術によって安価で大量に印刷できるようになり、一般庶民も誰でも聖書を手にとって読むことができるようになった。それまで、庶民で聖書の実物を読んだ者はほとんどおらず、キリストの教えは専ら教会での説教によってしか知りえなかった。「免罪符を買えば天国に行けるとキリスト様は言いました」と説教されれば「へぇそんなものか」と従うしかなかった。

 そこへ聖書の訳本が大量印刷され、庶民に流布しだしたのだからローマ法王もビックリ、だったろう。ルターの聖書の訳本は宗教改革の原動力となったのみならず、まさにドイツ人の魂のよりどころであり、現存する貴重な原本はベルリンの歴史博物館で公開されている。その本たるや、厚さ10センチ、各ページ二段組にギッシリ活字が埋まった堂々たるもので、ところどころカラーの挿絵まである。

 ルターがこれだけの大冊を執筆したのは、ヴァルテブルク城の書斎においてであった。その書斎は、使った家具とともに当時のまま保存されている。年譜をみると、当時のルターは自分とそう年齢も離れていない。身をきるような寒さの中、ひたすらペンを走らせるルターの執念がひしひしと迫ってきた。

 今回のドイツ調査旅行が、来るべき医療保険改革への貴重な一助となることを願ってやまない。

 

               ドイツ法定医療保険法

第3編 医療保険給付

第4編 疾病金庫と医療提供者との関係

第5編 医療制度の統合のための措置

第6編 疾病金庫の組織

第7編 疾病金庫連合会

第8編 財源

第9編 MDK

第10編 医療データの活用と保護

第11編 罰金規則

第12編 統合ドイツの医療給付の通則