EBCPワークショップ研究報告書
岡 本 悦 司(近畿大学医学部講師)

聖ルカライフサイエンス研究所より派遣された日本人参加者6名(私は右から2人目)

【目的】今回のワークショップの正式名称は"How to teach Evidence-Based Clinical Practice workshop"とあるように、卒前卒後の医学教育に従事する医師や教官に、EBMの教育法を訓練することを目的として、EBMの発祥地であるカナダ、マクマスター大学が夏期休暇中に毎年実施しているものである。今回の参加者は主催者が配布したリストによると92名であり、日本からの参加者6人以外は全てカナダ、米国からの参加者であった。
 本ワークショップが目的とするものは2つあると考えられる。ひとつは臨床疫学・EBMという内容であり、もうひとつは、マクマスター大学が1969年の創立時より先鞭をつけ世界各地に広まったスモールグループチュートリアルと問題解決を中心とした教育方法である。したがって、このワークショップは文字通りワークショップであって、大講堂での講義も一部あるがきわめて限定的であり、参加者は最初から7〜8人のスモールグループに分けられ、互いにディスカッションをくり返しながら学んでゆくスタイルをとる。
 この方式はマクマスター方式と呼ばれて世界に広まったが、その背景にはやはり積極的なプロモーションというか「布教」活動があったことは無視できない。マクマスター大学それ自体は100年を超える歴史を持つが、医学部は1969年創設の「新設医大」にすぎず、その点ハーバードやオックスフォードといった世界の名門大学とくらべるとプレステージの面では太刀打ちできない。
 そこで創設時よりユニークな教育手法を取り入れ、それを世界に向けて積極的にPRしてきた。事実、今回の参加が決まった直後にマクマスター大学より、医薬品の経済評価に関する別のワークショップのダイレクトメールが送られてきた。国際的に著明な医療経済学者を講師に招いた参加費20万円近い高額のワークショップだが、大学全体の積極性というか商売っ気が感じられた。
 EBMも何か全く新しい発見や手法というものではなく、一種の社会運動のようなものである。それが10年たらずの間に世界中に広まったのは、マクマスター大学の優れたプロモーション力によるところ大と考えられる。EBMの中心的な雑誌であるEvidence-Based Medicine誌も発行はイギリスのBMJだが、マクマスター大の研究者がオックスフォード大とならんで編集の中心スタッフとなっている。30年そこそこの新設大学が700年の歴史を持つ名門大と肩を並べることはめざましいことであり、これから淘汰の時代をむかえる日本の大学のあり方にも大きな示唆となるであろう。
【方法】私の大学でも数年前よりマクマスター方式を全面的に取り入れ、全教員がチューターとしての訓練を受けた。そのため、ワークショップの進め方そのものにさほど違和感を感じずにすんだ。しかし、そうでない従来型の教育スタイルの大学の教官なら、マクマスター方式の特色についてある程度の知識は得ておかないとめんくらわされるだろう。
 既に述べたように、参加者は事前にスモールグループに配属され、ワークショップの1か月位前に、チューター(私のグループはEBMの創始者でもあるGordon Guyatt)から全員にあててEメールによる挨拶状が送られてくる。その際、必ず自己紹介をチューターのみならずグループ全員にあてて出すべきである。
 ワークショップ初日は、大ホールでカクテルパーティがあった後、直ちに各グループが顔合わせして、翌日の担当者を決める。以後、同じメンバーで行動を共にする。
 また事前に厚さ2センチくらいの文献コピーが送られてくる。これは隅々まで読む必要はないが、やはり全体の内容くらいは理解する程度に読んで初日に臨むべきだ。最初に聞かれるのは「君はどのテーマをいつ担当したいか?」というものだからである。
 だからといって隅々まで熟読しなければならないというわけではない(小生もそれは不可能だった)。むろん担当するテーマについては熟読が必要だが、それは現地に着いた後でも宿舎や図書館で読むことができる。チュートリアルは抄読会ではない。医局でよくやる、一つの文献を隅々まで吟味するものではなく、むしろ文献を題材に様々な臨床疫学の手法を体得してゆく、と考えればよい。
 全体を通じて重視されるのは、文献検索の技術である。今年初の試みだったそうだが、各グループにはチューターの他に図書館の司書(ライブラリアン)も加わり、参加者の文献検索を援助するようになった。これら司書たちの医学知識の豊富さには驚かされた。EBMにおけるライブラリアンの役割は従来の「司書」というイメージではなく、情報技術者というイメージである。参加者には、パスワードが与えられ、図書館の端末で文献を検索するテクニックを伝授してくれる。
 このように、参加者は図書館のコンピューターを使用することができるが、やはりポータブルパソコンとEthernet cableは持参した方がよい。宿舎となる大学寮にも端末があり、それにつなげば常時接続が可能だからである。初日には大学寮にコンピューターテクニシャンが来てくれて、各種設定のしかたを教えてくれた。時差ボケで早朝3時くらいに目をさまし、黙々とパソコンに向かったことは印象的な体験である。こうして毎晩書き記した記録は紙面の関係でここでは紹介できないので、興味のある方はインターネットでごらんいただきたい。
http://atoz.org/EBM/McMaster.html
【結果】6日間の全体は前述のインターネットを参照していただき、ここでは自分が担当したセッションを紹介することでチュートリアルがどう進められたか紹介する。
 テーマは「医薬品の副作用」で、わが国ではダン・リッチやコンタックといった風邪薬に含まれているPhenypropranolamine(PPA)という交感神経刺激剤が稀に脳出血を起こすということで去る2000年11月、アメリカFDAが製品の回収を命じたという事例である。
 チュートリアルではロールプレイが行なわれる。一種の演劇である。多くは一人が医師役、もうひとりが患者役をやって、その演技を中心にディスカッションしてゆく。ここで知っておきべき英語は"Time in!"、"Time out!"。Time outとは映画監督がいう「カット!カット!」のようなもので「演技中止」、Time inとは「演技再開」という意味。
 自分の場合、重大な副作用を示唆する症例報告を得て、その対応を検討するためFDA長官が専門家会議を招集する、というシナリオで進めた。自分が長官となり、グループ全員が専門家委員という設定である。
長官「本日集まっていただいたのは他でもない。『若い女性がPPA含有のカゼ薬を服用後激しい頭痛に襲われ、脳血管撮影をしたところ血管炎の所見がみられた。PPAが原因と疑われる』という症例報告が台湾の医学雑誌に掲載された。これをもって我々FDAはどう対応すべきか、あるいは特にアクションは必要ないのか、各委員の意見をうかがいたい」
−−PPAは末梢血管を収縮させる薬理作用がある。因果関係はありうる。
−−しかし、血管収縮が炎症にまで発展するか?
−−ただの症例報告ではエビデンスの意義は乏しい。
−−症状の重大さよりみて、放置することによる訴訟や政治責任のリスクを考えればもっと情報を集める必要はある。
−−10年ほど前に、アメリカの病院がRCTをやった文献が発見された。高血圧で治療中の患者を2群に分け、PPAとプラシーボを投与するクロスオーバー試験で、結果は血圧に有意差は無かったとある。
−−しかし標本はたった19人だ。もっと規模を拡大して実施すべきでは?
チューター「タイムアウト! RCTは最も強いエビデンスとなるが、何万人に一人という稀な副作用を発見するにはどれだけの標本が必要となる?」
−−稀な副作用にはやはり症例対照研究だろう。本来なら脳出血のリスクの低いはずの若い、高血圧の既往の無い患者を集める・・・。
長官「管轄下の病院に命じて該当患者を報告させる。対照はどうする?」
−−性、年齢が同一でなければならない。人種も・・
−−同じ病院の患者から選ぶのか?
−−いや一般人口から選ぶべきだろう。ではどうやって?
 ディスカッションはこのように進行し、2000年末NewEngland Journalに掲載された論文にゆきつく。生存した患者全員に面接し、思い出しバイアスを避けるため決められた手順で服薬状況を聞き取り、同時期に(季節バイアスをさけるため)患者の周辺地に無作為に電話をかけまくって2人の対照者を選びだした。一人の患者につき平均なんと151回の電話がかけられた。
 その結果・・・脳出血を起こした50歳未満女性383人中、6人(1.6%)がPPAを含有する食欲抑制剤を服用していた。対照者750人中の服用者は1人(0.1%)であった。オッズ比は16.58であり、95%信頼区間は下限でも1.51あった(上限は182.21)。この結果をもって、FDAはPPAの回収を命じた。カナダも右にならえし、かくしてPPAは北米から消えた。
 ディスカッションではさらに、日英政府の対応もインターネットから入手して検討した。日本語を表示できるパソコンを持参したおかげで、厚生労働省のサイトの医薬品安全性情報を英訳できた。日英両国は警告を出しただけで回収はしなかった。アメリカではカゼ薬の他に食欲抑制剤としてもPPAが市販薬として売られているが、日英では食欲抑制剤としては使われていない、が主な理由であった。
 FDAの措置に対して「脳出血を起こしたのは、やせたい願望で大量服用した女性のケースばかり。男性やカゼ薬としての服用には有意差は無い。にもかかわらずカゼ薬も含めて禁止するのはやりすぎ」という批判も検索でみつかった。
 ここまでする必要はあったのか? 食欲抑制剤についてのみ市販薬から要処方薬にスウィッチするテもあったのでは!?・・・議論はつきなかったが、ここでタイムアップとなった。
【結語】6日間のワークショップは充実したものであったが、決して朝から晩までカンヅメというものではなかった。最終日の前夜には、近くの公園へバスで移動、全参加者でバーベキューパーティを楽しんだ。
 パーティがもりあがった頃、自分のグループチューターでEBMの先駆者であるゴードン・ガイアットにEBMとかかわるきっかけをたずねた。ガイアットはマクマスター大の7回目の卒業生で、意外にも医学部に入学する前の専攻は心理学ということだった。臨床疫学に関心を持つようになったのはレジデンシーをやるようになってからだ、という。
 「オレは生物学も医学部に入学するまでやったことはなかった。そんなオレを入学させてくれるところはマクマスターしかなかったのサ」と笑っていた。アメリカの医大に入学するにはMCATという共通試験があるが、カナダの場合必須ではないらしい。
 数か月前、近畿大学は教員対象にマクマスター大の教授を招いて講演会を開催したが、入学者選考において14歳以降の社会活動を徹底して重視し、成績はB+以上であれば理科系の専攻でなくても問題にされない点を強調していた。そして「国境無き医師団」のオービンスキー事務局長もマクマスター卒業生であり、入学前は政治学専攻だったことも誇らしげに述べていた。
 かくいう私も、医学部卒業後に法学部に学士入学した「異端」である。臨床疫学や統計といえば、理数系に強い秀才向きというイメージがあり、なぜ自分がEBMを!?という不安があった。ハミルトンを後にした時、不安は確信に変わっていた。それこそが、このワークショップで得た最大の収穫だった。